-退魔師 柊葵-


「んっ、ぁぅっ、ぁんっ! あっ!」
 赤色が埋め尽くす空間に、小さな喘ぎ声が響いていた。
 声の主は葵。その瞳は虚ろで、何も写してはいない。
 葵が気を失ってから五時間、そしてそれから目を覚まして三十時間、更に気を失ってから八時間、その間、延々と続いていた触手たちによる陵辱に、葵はその意識を失いながらも反応し続けていた。
 既にその四肢を拘束していた触手はなく、代わりにその全身を舐めまわすように様々な触手が群がっていた。
 形の良い乳房にはそれぞれ数本の触手が吸い付き、腰はそのまま触手に捉えられ、その中では淫核や菊門への愛撫と、淫裂への挿入が繰り返されている。
「もっと、もっとちょうらい……」
 だらしなく開かれた口からは涎と、嬌声、そして更なる快楽を求める声が零れ出す。
「……こうなってしまえば剛毅な術士の少女も、普通の少女と変わらないものだな」
 信楽は呟き、術式を紡ぐ。それを葵に向けて放つと、その意識を覚醒させる。
「ここ、は……あんっ! あっ、んっ!」
「これでは話も出来んな……」
 何らかの操作をしたのか、葵の周囲から触手が退いていく。
 二日に及んだ淫行に、股間からはだらしなく愛液と精液の交じり合った粘液を垂れ流し、乳首はこれ以上ないほどに勃起しきっており、全身の各所は淫液によってふやけてすらいた。
「気分はどうだ?」
「ッ! 最悪よ」
 心身共に疲弊しきった葵であるが、それでもまだ、希望を捨て切ってはいなかった。
 数日の間、耐え切れば良い。信楽の告げた条件が、葵の心を限界ギリギリの場所で踏み止まらせていた。
「その言葉の真偽は疑いたくなるところだな」
「どういう、ことよ……?」
 憎々しげに信楽に問い返すものの、葵自身も理解していないわけではない。
 自分の身体が浅ましくも快楽を求めていたことに。もどかしい感覚に幾度と無く自分から腰を振りすらした。
『もっと、もっとちょうらい……』
 あまりにも淫らな自分の声に、葵は思わず振り返る。そこにあったのは何もない空間に映し出された自分の映像だった。
「つい今しがた、ほんの数分前のお前の姿だ。この表情はどうみても悦んでいるようにしか見えないが? そもそも自分からねだっておいて最悪も何もなかろうに」
「ッ……!」
 奥歯を食いしばり、信楽を睨みつける。しかしそんな葵の抵抗を信楽は意に介することもなく、言葉を続ける。
「そろそろ敗北宣言をしてもいいだろう? 並みの女であれば数時間しない内に自分から告げるものだろうに。私のモノとなれば、いくらでも好きなだけ至上の快楽を得ることが出来るぞ」
 それは、悪魔の囁き。
「断る」
 それを葵は一言で切り捨てる。
「私は父や祖父を信じてる。きっと一週間もしないうちにこの場所を見つけるわよ? そうすれば私の勝ち。それともまさか、あの条件を守らないつもり?」
「……いや、条件は守るつもりだったが……そうか。言っていなかったか」
「何を、よ?」
 嫌な予感が葵を襲う。信楽の言葉には嘘の成分は見受けられない。ただの強がりとも思えない。
 その次の句が、内容こそわからないものの、自分を絶望に叩き落す言葉なのだろうということが予想できてしまった。
「この空間は外の空間と異なる時流で進んでいるが、安心しろ、この空間では老いることはない。確か、時流の倍率は三五〇〇〇倍程度だったと思うが」
「さん、まん?」
 時間は不可逆にして一定。時の流れはいかなる術式によっても操ることはできない上、時の流れが異なる異相空間に移動する術式の行使も通常の術士には不可能だ。そう頭の中で否定しようとして、しかし相手が神格級の、通常ではない術士であることを思い出す。
「わかりやすく言えば、この空間での二日が外界での五秒ということだな。お前の言う一週間だと……ふむ、六七一年強か」
「ろっぴゃ……」
 約二日でもこれほどまでに肉体を快楽に従順にさせられたというのに、それはあまりにも絶望的な数字だった。
 そもそも、数百年の単位など、想像もつきはしない。
「恐らく、ここへの入口が見付かるのは現実的に考えれば一ヶ月以内に見付かれば上出来といったところだろう。一ヶ月ならばこちらの体感時間で三〇〇〇年弱か。私ですらゾッとしない時間だがまぁ……頑張るならば頑張ってくれ。健闘は祈ってやる」
 淡々と告げる信楽の言葉を、葵はほとんど右から左へと聞き流していた。
 葵にあるのはただ、絶望だけだ。
 信楽は確かに、絶対の自信を持っていたのだ。それだけの時間制限、絶対に負けるわけがないと。
 葵はこの条件を信楽に何のメリットもないお遊びだと思っていたが、それは大きな間違いだった。それどころか、その条件こそが最大の意味を持っていたのだ。
 希望を与えておいて、それを奪い取る。己の身のことながら、信楽の策を見事と認めざるを得なかった。
 二日間、媚薬の充溢した空間で触手による快楽を与え続けられた葵の身体は、どうあがいても勝つことができないと知ったことで、容易に葵に一つの決断を下させた。
 葵の中で何かが砕ける。
「……くだ、さい」
「何だ?」
「私の、負けです。私を貴方の奴隷にしてください。私に快楽を、ください」
 敗北宣言。
 微かに残っていた葵の術士としての矜持や使命感も、自ら放った一言で捨て去る。
「いいだろう」
 神託を告げる神官のごとし厳かさをもって、信楽は告げる。
「私は身内に対しては寛容だ。お前が私の奴隷となるというならば、命を賭して守り、生涯を通して愛し続けよう」
「ありがとうございます、ご主人様」
 信楽をそう呼ぶことに対して、葵には一切の迷いも無かった。敗北を認めた時点で、信楽のことを心の底から主人として認めていたのである。
 あるいは、信楽の言葉は葵は安心して快楽に身を委ねるための助け舟に過ぎなかったのかもしれない。
「葵」
 信楽が、初めて葵の名を呼んだ。
 それだけのことで葵の股は潤、と愛液の量を増す。
「何を望む?」
 笑みを浮かべて放たれた問い掛けに、葵は淫靡な笑みを浮かべ、答える。
「この卑しい淫乱奴隷の肉壷にご主人様の逞しい剛直をお恵みください」
 恥ずかしげも無く告げる葵の表情はほんの二日ほど前の術士の少女ではなく、まさしく淫乱な牝奴隷のものだった。
「即興でそれだけの台詞が出てくるとは……以前も言ったが、本当に淫乱の才能があったようだな」
「ありがとうございます」
 そう言いつつ、自ら股を開き、愛液の流れ出る淫裂を強調する。
 満足げな笑みを浮かべた信楽は、葵の請願どおり、自らの剛直をその淫裂へと押し込んだ。





 八ヶ月の刻が経った。
 とは言っても、それは信楽の異空間の中での話。現実世界での時間は、葵が連れ去られてからまだ十分と経過してはいない。
「……久しぶりね」
 巫女装束に身を包んだ葵は、感慨深く息を吐き出す。僅かたりとも変わっていないにも関わらず、その容姿には、それまでになかった淫靡なものが含まれていた。
 目を合わせたら妊娠させられる、という雑言も存在するが、今の彼女を見れば、その瞬間に射精させられていてもおかしくないほどだった。
「さてと……」
 見慣れた家の扉を、鍵を使うことなく術式によって開け、靴の代わりに履いた足袋を脱ぐことなく床の間へと上がる。
 両親や祖父、三つほど歳の離れた妹は既に寝ている時間だ。
(好都合ね)
 そう思いつつ、葵は自分の部屋へと忍び込む。自分の部屋なのだからそんな必要はないのだが、体感で八ヶ月も帰っていない以上、そういった意識がつきまとうのは仕方がないことだともいえた。
 部屋にある雑多なものの中から、必要最低限のもののみを集めると、葵はそれらに手をかざす。すると空間に孔が生じ、それらはこの空間から別の空間へと送られた。
「次は、と」
 続いて葵が向かったのは祖父の部屋だった。
 葵の祖父、柊芙蓉ふようは勇名をはせた術士である。最盛期には憑巫を相手にして引き分けたこともあるという実力者である。葵にとっては長物使いとしての直接の師でもあった。師としての祖父は厳しかったものの、それ以外の時の祖父はまさに好々爺といった人物で、葵もとても懐いていた。
「でもまぁ」
 自嘲するように呟きながら、葵の手に鳴神が顕現する。
 長さ三メートルにも及ぶその大薙刀を、葵は感慨もなさげに振り上げると、
「えい」
 小さな言葉と共に、祖父の喉を切断する。首を落としてもよかったが、それでは後が面倒である。
 今の葵にとって大切なのは信楽と、彼が与えてくれる快楽のみだといえる。それ以外のものはあくまで雑事に過ぎない。
 信楽はこの街を離れると告げ、『ケジメをつけてこい』と言った。
 そのケジメの形は、両親に家を離れることを告げるなり、あるいは未練を断ち切るなりと手段は様々ある。信楽もその形式について一切指定はしなかった。
 だが、葵はあえて『柊家の消滅』という選択肢を選んだ。そうすることで、柊家という呪縛から解き放たれ、信楽の奴隷というだけの存在になるために。
 葵自身ですら意外なことに、その選択に躊躇はなかった。祖父を屠った今ですら、その気持ちは変わらず、欠片ほどの罪悪感も浮かんではこない。
 祖父が絶命したことを確認すると、今度は両親の部屋へと足音を立てずに忍び込む。一般家庭からすれば広い柊家の屋敷とはいえ、大薙刀を持ったままでは流石に嵩張る。
 葵は鳴神を仕舞った状態で両親へと近付き、ふと思案する。
(母さんはどうしよう?)
 その悩みは決して、母に対する情からくるものではない。
 葵の母である美土里は、葵がそうであるように美しい容姿をしていた。それを信楽に献上すべきか否か、その一点で葵は悩む。
 一瞬の逡巡の後、再び鳴神を召還、祖父の時と同様、見事な手捌きでその喉元を割断した。
 母も歳の割には美しかったが、よく考えればそれ以上に信楽に献上するのに相応しい獲物が存在する。
 そう、それは。
 深夜にもかかわらず退魔の仕事に奔走する姉の帰りを寝床で待ちつつ、
 奇妙な物音に気付き寝床を離れ、
 今、葵の背後に立つ、歳の三つ離れた葵の妹、柊あかねである。
「丁度よかった。今、茜のことを迎えに行こうと思ってたの」
 いつも通りの、優しい姉の表情で、葵は告げる。
「お姉ちゃん? どうしたのその格好。なんか凄いエロっちぃよ? それに何でパパ達の寝室に……」
 茜が覗き見た、その後ろには首を割断された両親の遺骸がある。当然だ、つい今しがた、葵がこしらえたものなのだから。
「ッッ! きゃ……」
 茜が叫び声を上げる暇も無く、葵は空間の孔を開きその中に茜を押し込み自分もその中に入って行った。
 その晩、晴天の霹靂とも言うべき巨大な雷が、柊家屋敷へと落ち、全焼。後の警察の捜索によって、屋敷の内部からは三人の焼死体が発見された。
 発見された場所から、それらの死体が家主の柊芙蓉と息子、そしてその嫁であることが推定されたが、その家に住んでいたはずの柊葵、茜の二人の少女が見付かることはなかった。

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